外に出られますか?
ちょうど1年ほど前の、午後5時くらいだった。西武新宿線の新宿駅々ビル地下にあるオーガニック製品のお店に行こうとして、西武線を降りた。西武新宿線新宿駅は、家からは地下鉄ひと駅で高田馬場、高田馬場から西武線でひと駅。気晴らしにちょうど良い移動距離で、気に入っている。
西武線新宿駅は始発・終着駅で、ホテルとショッピング街が入っている巨大なビルの2階に入っている。私は改札を抜けると、そのままやや右手へ歩いて駅ビルにあるエスカレーターに乗った。左手にカフェやホテルのラウンジを見ながら1階へ、地下1階へ、地下2階へ。その1階から地下1階に踏みかえようとした時だった。私より5段くらい前を降りていた20代前半くらいの男性2人連れが、私を見上げて「このまま降りたら、外に出られますか?」と訊いてきた。
私は一瞬考えてから、「出られないことはないけど、ちょっと難しいかな?どこへ向かって出たい?」と訊き返した。地下2階はサブナードという地下街になっている。慣れれば雨でも風でも関係なく新宿東口一帯の下を、歌舞伎町や新宿区役所本庁、伊勢丹新宿店やJR新宿駅へと歩くことができる。しかしここで「外に出られるか?」と訊くという事は、おそらく初めてここにきたのだろう。若者たちは屈託のない明るい顔で、「東口に行きたい」という。私はいつも、どこの都市でも繁華街の地下で迷ったら外に出るのがいちばん良い、と考えているので、この若者たちにもそのように薦めることにした。おそらく、西武線のどこかの駅から乗車してきて、新宿に着けばそこが東口だから、と教えられたかSNSで理解してきたのだと思う。その通り。西武線の改札を出て、エスカレーターに乗らずに真っすぐ階段を降りれば1階の眼前が東口一帯となる。しかし若者たちはエスカレーターに乗った。その心理は、この駅に慣れ過ぎている私にとっては不明だが、なんとなく微笑ましいような気がしないでもない。
「では、振出しに戻るのがいいかな。このまま、先ずは降りきりましょう」と言った。すると彼らは、これも屈託ない笑顔で「僕たち山形から来たんですよ」「仕事で」と口々にいうのだった。きっと、仕事で上京して、おまけの時間を新宿東口(歌舞伎町界隈)で楽しもうという計画なのだろう。そこでエスカレーターはB2に着いた。そこからちょっとだけ迷路のような通路となる。右手に私が買い物にきたオーガニックショップ、左手におにぎり屋さん、通路を挟んでパン屋さんのコーヒーショップ。通路を抜けたところのガラスの自動ドアの向こうが、地下道の始まりとなる。そこを右に行けばサブナード街、左を振り向いて見上げれば西武新宿駅への階段。サブナードを少しでも知っている相手なら、「ほうら、ここからサブナードが始まるでしょ?」と言うところだが、この若者たちはちょっとだけ戻った方が良いと思った。
「この階段を上がってみてください。駅に戻りますから、そうしたら駅を背にしてこの方角を向いて立って」と、私自身が階段を背にして立って、サブナードの方に向かって両手を軽く広げて見せた。「この方向一帯が、新宿駅東口よ」。若者たちは、ありがとうございます!と手を振って軽やかに歩いていった。楽しんでくださいね、と私も手を振り、野菜を買いに店に入った。数分間だけの地方で働く若者との交流だった。なんだか懐かしい一瞬だと思う。昨日、同じエスカレーターを降りながら、ふと「懐かしさ」の理由に気づいた。あのときは彼らも私も、周囲を歩く人の誰もマスクをしていなくて、笑顔がそのまま見えたからだ。笑顔が見える道案内。可能な日は戻るだろうか。
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