サイレンの音
青空とそよ風というこの上ない好天のもと、休憩とウオーキングを兼ねて書店に行った。午後3時という絶妙な時間のためか、書店は客がまばらでどの書棚もゆったり物色できた。せっかくだからお茶しちゃおうか、と自分に誘いをかけて、書店の横にあるカフェに入った。お茶を注文してから、席の前の広い窓を見上げると、初夏の空に絹糸のような雲がたなびいていた。できれば短時間で良いから日に一度でも、こうして視線を無限解放すると、眼と脳の疲労回復に良いことなのだろうなあ、などと、ぼんやりと脱力する。
書店のある駅前から、帰路はまたウオーキング態勢の早歩きなのだが、この大通りは私が住まう早稲田に向かってゆるい下り坂になっている。都内にはこんな風に高低が結構あって、それが近くの高台なら音羽台、関口台、飛鳥山などで、低地なら早稲田というわけだ。早稲田と音羽台や関口台の間を流れるのが神田川のとても深い川床で、水が少ない時に見下ろすと鯉が泳ぎ、水辺には鷺やおしどりなどが遊んでいて楽しい。
そんな緩い坂の大通りを歩いていると、突如サイレンの音が強烈に響き始めて、消防車が猛スピードで背後から近づいてきた。まっすぐに走る時の消防車は、速度何キロくらいなのだろうか?おそらく現場は火事なのだろうから、ともかく一秒でも早く到着する必要があるはずだ。だからこその消防車であり、救急車だったりする。その急ぎ方とサイレンの音の強烈さに、背筋がざわっとなった。現場はどのような処か想像もつかないが、日常に異常事態が発生したことは理解できる。その事実に慄然としてしまった。消防車は、私が向かう先から逸れて、「左に曲がります」というアナウンスと共に視界から消えて行った。直ぐ後にまたサイレンが流れてきて、レスキュー隊の車両が追いかけていった。訓練された人たちが、市民の予期せぬ事態発生に、それが可能な限り最小限の被害であるように手を差し伸べに向かう。感謝しかない。医療も創薬も、福祉も行政もみな専門職はそうやって、人々の思いがけない困惑に向き合う準備をしてくれている人たちなのだ。
そんな緊張した思いで歩いている私の横を、若い警察官が1人、自転車を懸命に漕いで通りぬけて行った。明らかに消防車とレスキュー隊の車両を追いかけて、現場に急行していると思われる。そのすっ飛んで行く背中が頼もしくて、不謹慎かなと思いつつも少しだけ気持ちが和んだのだった。
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