アゲハ蝶
山椒と金柑の苗を買って鉢植えで育てているのは、もっぱらアゲハ蝶を羽化させたいため。山椒の佃煮を食べたことも、金柑をジャムにしたこともない。もっぱら蝶々の仔らを育成するための餌場のためだ。
蝶々の仔(幼虫)って、つまり青虫のことだ。若いころの私なら、どんな葉っぱにしても幼虫が付いていることがわかると気絶しそうになって、その木やら野菜などから可能な限り遠くへ逃げたものだった。それが今は、もしゃもしゃと葉っぱの端っこを一生懸命食べている青虫を見ると、「可愛い♡」である。人間、その気になるのとならないのとでエライ違いだと我がことながら思う。
今夏もキアゲハが金柑に幼虫を生んだ。その仔らは日に日に大きくなって、元気に金柑の葉の葉脈を残して食べ進んで行く。太った青虫ちゃん達。しかしこのまま見守っていてはいけない、とこの2年ほどの経験で私も学んでいる。この子らがそろそろ蛹になるかな、という頃合いを見計らって鳥が食べてしまうのだ。一昨年のある朝、「おはよう」と声を掛けようとすると、一匹残らず消えてしまって、いない。鳥は早起きなので、人間の中ではまあまあ早起きの私でもかなわない。そして、悔しいが青虫ちゃん達の「食べごろ」も熟知している。そこで対策として、愛知県に住んでいる少年らとその母親から学んだ保護の方法を駆使するのだ。ちなみに私を虫好きにしたのもこの母子らだ。
虫ちゃん達が食事しているその枝ごと切り取って、花瓶などに刺す。そして水をたっぷり含ませたキッチンペーパーなどで固定して、蚊帳のような大型の虫かごの真ん中に置くのだ。そしてそれを日当たりのよい場所に置いて、枝の葉が食べ尽くされていないか、足りないようなら枝を切って足して…、などと保護育成に努める。虫たちは旺盛な食欲で葉を食べ、そして大量に黒くて丸い糞を落とし続ける。それで2週間もすると、「あれ?一匹、居ない!」となる。よく見るとネットの天井近くにしがみついている。これで幼虫時代は終わり、羽化のための蛹になる準備に入るのだ。もうこれで蝶の生涯を通じての食事も完了。
近くに大量の糞をして体を軽くして、3匹がそれぞれ離れた場所に付いた。2匹は残念ながら成虫になれないまま、動かなくなってしまった。この子たちは「残念だったね、でも可愛くて大好きだったよ」と言いながら、そっと外の金柑の根元に置いて自然に返すのだ。
10日ほど後の朝、虫かごを見ると、あ!蝶になっている。
虫かごをそっと両手で持って、金柑の木の横で扉を開ける。ちょうど仲良しの友人が花壇の水やりに出ていたので、急いで呼びかけると飛んできた。いや、蝶ではなくて人なので飛ばず、すっ飛んで来た。彼女と私と家人が見守る中、羽を乾かすためにゆっくりと開いたり閉じたりしていたキアゲハは、すううっと向かいの家と家の間とどこかへ飛び去った。そして、3日後のことだった。その朝は出雲のグループのイベントを取材するため、空港へでかける準備中だった。起きると、一匹、羽化している!出かける準備の手をいったん休めて、家人と一緒に虫かごを外に出して、そっと蝶を空へと離す。
残った仔は扉を開けたまま金柑の木の傍に置いて出かけるしかないね、と話しつつ準備を続け、やがて予約したタクシーから合図があって、家人が先に出て行った。私は火の始末など確認をして数分遅れてドアにカギをしようとした時だった。
3匹目の仔が羽化している!なんというタイミングの良さか。涙が出そうになりながら、その仔を空へ出した。その仔は向かいへ、ではなく、路地に沿って表通りの方へと飛翔して行った。私は虫かごを玄関に放り込んで鍵を閉め、待ち受けているタクシーの元へ。そこで私が「タイミング良く最後の仔が羽化したよ」と言うと、家人が、「あ、いま頭上をキアゲハが通り過ぎて行った」というではないか。これを当然ながら勝手にドラマチックに解釈して、愛知の娘一家と近所の友人にラインしたところ、お約束のように両者から目がハートの感動マークが帰って来た。
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