素敵な夜
2019年12月のある夜。慶応義塾大学病院の岡本真一郎先生と、教授室で1時間ほどお話して、帰ろうとして立ち上がった時、先生が「ちょっと新病棟を見て行きませんか?」と誘ってくださった。天井も壁も床も淡い美しい色合いの廊下を、速足の教授に附いて行くと、医療関係者が出入りするドアからナースセンターへと出ていく。若い先生方や夜勤の看護師さん達が数人、働いておられた。広い廊下に、ゆったりと個室が続いている。そこはクリーン病棟だった。
一室を岡本先生がノックして、私を、「どうぞ」と手招いてくださった。いいですか?と私は誰にともなく声を掛けて、その広くゆったりとしたお部屋に入った。それが、その患者さんとの出会いだった。骨髄バンクから届いた造血細胞の移植が済んで、まだ1週間くらいだという。
口内炎が痛いのよね、と師長さんが説明してくださった。ムーンフェイスで膨らんだほほを左手でちょっと押さえながら、彼女は少し笑ってくれて、はい、と頷く。岡本先生が私を「骨髄バンクを創った人」とご紹介くださったので、私は少し面映ゆくて、「そう。77万人の人が署名してくださって、私はそれを国会に提出したの」と言いながら、名刺をテーブルの上に置いたのだった。師長さんが、「77万人ですって!だから、頑張らなくちゃね」と、優しく語りかけるように言う。彼女のきれいな瞳からぱらぱらと涙が落ちて、私も視界が滲んだ。本当に嬉しかった。
30年以上も前になるが、たくさんの人たちと「日本を骨髄バンクのある国に」と厚労省や国会や日本中を説得して歩いたものだった。その目的はこうして実を結んで、クリスマスには少し早いが、私に素敵な夜がプレゼントされたのだ。
後日談になるが、その月末に発行となったNewsletterひろば201912号を岡本先生経由で彼女に送り、送付状に書いておいた私のアドレスに彼女からメールが届いて、楽しい交友が開始している。彼女の名前は京(みやこ)さん。きっと、辛い経験も感動もこれからたくさん語ってくれるはず。もちろん、ドナーさんへの感謝も。それらの言葉にはきれいな羽が生えて、多くの人の心に届いていくにちがいない。
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