しあわせ牧場
牛乳も大好きなのだが、どうも私のお腹にとっては消化・吸収がたいへんな気がしていた。ホイップクリームも食べれば美味しいと思うのに、魅力を感じない。お洒落なカフェで、横に座ったいい歳のおじいちゃん(家人)が、カップからあふれんばかりのいちごパフェを夢中でつついているのを見ながら、私はシンプルなスコーンをいただく。道を歩きながらソフトクリームを美味しそうに食べながら歩いている人達をみても、私も食べたいなあ、と、ならない。そもそも冷たい、甘い、が苦手なので、アイスクリームやパフェなどが美味しそうに見えないのか、と思ってきたが、どうやら乳製品が苦手だったようだ。アレルギーはないのでバターもいただくし、濃厚なカフェラテにうっとりすることもある。
でもなんとなく牛乳に抵抗感があるなあ、と思っていた2年ほど前に、ヤギミルクに出会った。150㏄で400円ちかい値段なので安くはないが、かわいいヤギの絵も好きになり、買って帰った。ノンホモなので、蓋のうらや瓶の上の方でクリームがこってり固まっているも嬉しい。一口いただいて、「美味しい!」と呟いていた。‘乳たんぱくの粒が牛乳よりも小さいので消化吸収しやすい’と、どこかで解説されていた。そうなのか、だから抵抗感がないのか、と思ったが、理由はともかく私にとって美味しくてよかった。それ以来、週に2個くらいをいただくくらいは良いだろうと楽しみに飲んでいる。
そのお店が(日本中のデパートや地下街などにある食品店なども)新型コロナウイルス感染症の拡大を収束させるために、3月末ころから休業に入ってしまった。食品は生協で注文して届くようにしているので生活に響くことはなかったものの、ヤギミルクは扱っていない。手に入らないとなると、あの可愛いヤギの絵までが恋しくなって、インターネットで探してみたら、あった。しあわせ乳業が扱っているという。でもヤギミルクとヤギミルクのヨーグルトと昔牛乳とのセットだという。でもいいかな、しあわせ乳業なんていうわかりやすい会社名もいいし、ヤギや牛が暮らす牧場は「しあわせ牧場」なんだって…。そしてセットで届いたヤギ乳とヨーグルトはいつものように美味しくて、気のせいか昔牛乳もとってもやわらかい味だった。
思い出したのは、母が(生きている頃は父も)長い年月牛乳を飲んでいたことだった。ただ、近くにスーパーマーケットなどない山間部の集落の暮らしだったので、牛乳配達を頼っていた。新聞、郵便、灯油も、みな配達で、配達や集金にやってくる人達は、後期高齢者の暮らしに介入してくれる貴重な人達だったと今も思う。母は90歳になって間がない日の夜、トイレに起きて、途中の廊下で転倒し、大腿骨を骨折してしまった。皮膚を突き破って飛び出すほどの大けがだった。それが午後11時過ぎだったという。完全に身動きできないものの、広い家に誰もいない。家の周囲は広い庭と畑と、裏は車が通れる幅の道。お隣との間にもお互いの家の庭がある。90歳の老母は半ば気を失いながら、痛みと不安の中で朝まで過ごしたことを後で語っていた。母を助けたのは、夜明けと同時に毎朝やってくる牛乳配達員だった。彼は裏の道から家の横手に回り、庭を横切って玄関わきの牛乳入れに二本ならべて置いてく習わしだった。新聞も毎朝来るが、投げ込み。牛乳は投げ込めない。母はその配達員さんを待って、バイクが家の横に停められた時、力を振り絞って窓まで這って行ってカギに飛びつくようにして開けて、〇〇さん、助けてよ、と言えたのだった。しあわせ牧場の昔牛乳を美味しくいただきながら、田舎の家の玄関わきの牛乳入れに、毎朝カチャッと小さな音で置かれる2本の牛乳を想った。
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